トンイとチャン・ヒビンが世を去った後に息子たちはどうなったか

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張禧嬪(チャン・ヒビン)は1701年に死罪になっている。その17年後の1718年に淑嬪・崔氏(スクピン・チェシ)が48歳で亡くなった。淑嬪・崔氏はドラマ『トンイ』の主人公になった女性だ。

【関連】『トンイ』の主人公の淑嬪・崔氏(スクピン・チェシ)はどんな人?

その彼女が亡くなった2年後の1720年に、19代王の粛宗(スクチョン)が世を去った。

王位を継いで20代王になったのは、張禧嬪の息子だった。

それが景宗(キョンジョン)である。彼は性格がとても良くて人徳があった。その点では母親に似ていなかったと言える。

ただし、病弱であった。在位はわずか4年2カ月で、1724年に36歳で世を去っている。

景宗には息子がいなかったので、異母弟が景宗の後を継いだ。つまり、淑嬪・崔氏の息子が21代王・英祖(ヨンジョ)として王位に上がったのである。

もし淑嬪・崔氏が生きていれば、王になった我が子にどんな言葉をかけただろうか。英祖は母の身分が低かったことをとても気に掛けていた。それがコンプレックスになっていたのは間違いない。

しかし、後に英祖が名君として称賛されたのも、母である淑嬪・崔氏の教えをよく守ったからに違いない。

特に英祖は、争いを続ける各派閥から公平に人材を登用する政策で成果を挙げた。

まさに人事の達人であったわけだが、人の才能を鋭く見抜く能力は母から受け継いだものだった。

ドラマ『トンイ』は終盤で、淑嬪・崔氏が我が子を正しい道に導く場面をよく組み込んでいたが、それは史実でもそうであったに違いないと思わせるものだった。

(文=康 熙奉/カン・ヒボン)

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