“頭のなかの時限爆弾”によって55歳で帰らぬ人に…韓国映画界の世界的スターがこの世去って3年

2025年05月07日 話題

女優のカン・スヨンさんがこの世を去って、3年が経った。

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カン・スヨンさんは2022年5月5日午後、ソウル・狎鴎亭(アックジョン)の自宅で心肺停止の状態で発見され、病院に搬送された。その後、“頭のなかの時限爆弾”とも呼ばれる脳動脈瘤が破裂し、脳出血を引き起こしたことにより、7日午後に息を引き取った。享年55歳という、あまりにも早すぎる死だった。

当時、彼女は10年間の空白を破り、ヨン・サンホ監督が手掛けるNetflix映画『JUNG_E/ジョンイ』での復帰を発表したばかりだった。まさに再始動の矢先に飛び込んだ突然の訃報は、映画界をはじめ多くの人々に深い衝撃と悲しみをもたらした。

1966年生まれのカン・スヨンさんは、子役としてキャリアをスタートさせ、『鯨とり2』(1985)、『青春スケッチ』(1987)などで注目を集める。1986年の『シバジ』では、ヴェネチア国際映画祭とナント三大陸映画祭で主演女優賞を受賞し、韓国映画界初の“ワールドスター”として世界にその名を知らしめた。

カン・スヨンさん
生前のカン・スヨンさん

さらに、頭を剃って挑んだ『波羅羯諦 ハラギャティ』(1989)ではモスクワ国際映画祭の最優秀女優賞を受賞。強烈な存在感と圧倒的な演技力で、韓国映画の存在を国際舞台へと押し上げた。

その後も、『墜落するものには翼がある』(1989)、『競馬場へ行く道』(1991)、『君の中のブルー』(1992)、『サイの角のように1人で行け』(1995)、『ディナーの後に』(1998)など話題作に次々と出演。俳優としての地位を確立するとともに、1998年からは釜山(プサン)国際映画祭(BIFF)の執行委員に就任。2015年には共同執行委員長も務めるなど、映画界全体の発展にも尽力した。

1周忌を迎えた2023年には、追慕展「カン・スヨン、映画らしく長い間」が開催された。イム・グォンテク監督やキム・ドンホ前理事長、俳優パク・チュンフン、イェ・ジウォンら、映画界の錚々たる顔ぶれによる追慕事業推進委員会の主催のもと、彼女の功績を改めて称える趣旨で11本の出演作が上映された。

55歳という若さで逝った名優は、今もなお韓国映画界の記憶に燦然と輝き続けている。

(記事提供=OSEN)

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