かつて日本で活躍した“韓国人Jリーガー”は、今どこで何をしているのだろうか。
【あの人は今】清水とG大阪で活躍。ケガに泣いたチョ・ジェジンは今何をしているのか?
1993年のJリーグ開幕以降、日本では多くの韓国人選手がプレーしてきた。2008年にアジア枠が設けられてからはその数もさらに増加。その系譜は今も続いているが、気になるのは“彼らのその後”だ。
日本にまでは伝わってこない引退した韓国人Jリーガーたちはその後どうしているのだろうか。
調べてみると、Kリーグで監督やコーチを務める者もいれば、芸能化に進出した者、さらには現役時代からは想像もできない新たな道に進む者もいて興味深い。
今回はシドニー五輪出場を経験し、Jリーグでも活躍を見せたパク・ドンヒョクの現在を紹介しよう。
小野伸二、稲本潤一、高原直泰など、日本サッカー界の“黄金世代”たち中には今も現役でプレーし続けている者が多いが、韓国では多くの選手が引退している。1979年生まれの選手で現役を続けているのはイ・ドングッただひとりだ。
そんな中ですでに監督として3年目を迎えている者がいる。かつてJリーグのガンバ大阪と柏レイソルで活躍したパク・ドンヒョクだ。
学生時代に1998年U-19アジア選手権で日本の黄金世代たちと切磋琢磨し、2000年にはシドニー五輪出場。プロデビュー後は韓国代表でも活躍し、蔚山現代(ウルサン・ヒョンデ)に所属していた2008年にはKリーグ・ベストイレブンにも選出されたパク・ドンヒョクは、Jリーグ在籍3年ながら柏レイソルではJ1昇格に貢献するなど、韓国代表DFとしてのプライドも示した。
柏退団後は2012年から2シーズン、中国の大連実徳でプレー。2014年シーズンを最後に現役を引退したパク・ドンヒョクは、蔚山現代のスカウトや2軍コーチを経て、2018年に牙山(アサン)ムグンファの監督に就任した。まだ39歳の若さだった、
牙山ムグンファは2019シーズンまで存在した義務警察のチーム。義務警察とは兵役の代替制度のひとつで、国軍体育部隊傘下の尚州尚武(サンジュ・サンム)FCと同じように、兵役対象年齢になった選手たちが兵役義務を遂行するために入団するチームだ。
そこで、監督1年目のパク・ドンヒョクは定石にとらわれない戦いぶりを披露した。主には4-2-3-1のフォーメーションを採用したが、選手たちにはポジションに制限されない動きを求めた。
その流動性あふれるサッカーから「“偽フォーメーション”を好む監督」とも言われたパク・ドンヒョクの采配もあり、牙山ムグンファは2018シーズンのKリーグ2(2部)で見事優勝を果たした。
だが、本来なら1部に昇格したはずの牙山ムグンファは、翌2019シーズンも2部の舞台を戦った。
というのも、義務警察制度が2023年までに段階的に廃止されるのに先立ち、警察庁が同年限りで選手選抜を中断することを突然発表。そのため、昇格の資格をはく奪されてしまったのだ。
2019シーズン、前年から入隊していた14人とプロ契約選手を組み合わせた急造チームで2部を戦ったパク・ドンヒョク。結果は7位に終わったが、クラブ存続問題の話が飛び交うなど混乱した状況だったことを考慮すれば、十分善戦したといえるだろう。
そして2020シーズン、クラブは名前を「忠南(チュンナム)牙山FC」に変え、市民クラブとして再出発。初代監督としてパク・ドンヒョクが指揮を執っている。
監督3年目の今シーズン、パク・ドンヒョクは苦戦が続いている。開幕8試合で勝ち星を得られず、第9節の慶南(キョンナム)FC戦でようやく初勝利を手にした。現在、忠南牙山FCは第10節まで終えて1勝5分4敗、10チーム中8位だ。
もっとも、パク・ドンヒョクは未来を見据えている。彼は開幕前、「今シーズンの成績も重要だ。だが、それよりも未来がさらに期待されるチームを作りたい」と話していた。
「客観的に我々が戦力で後れを取っているのは事実。だからこそ、失うものはない。後悔なくぶつかれば、サッカー界の予想を裏切る結果を生み出せるはずだ」
今年4月に41回目の誕生日を迎えたパク・ドンヒョクは、Kリーグ1・2部の中で最も若い監督である。そんな最年少監督の挑戦に、これからも注目していきたい。
前へ
次へ