女優ハン・スンヨン(KARA)が最新ドラマ『春画恋愛物語』の放送終了インタビューで、話題となったベッドシーンや露出に関する率直な考えを語った。
3月10日、ソウル・麻浦区(マポグ)西橋洞(ソギョドン)のカフェで行われたインタビューに出席したハン・スンヨンは、TVINGオリジナルドラマ『春画恋愛物語』を振り返った。
本作は、世間を騒がせる艶本『春画恋愛物語』を巡り、初恋に破れた王女ファリ(演コ・アラ)が自ら夫探しを宣言。都一番のプレイボーイであるファン(演チャン・リュル)と、理想の夫候補チャンウォン(演カン・チャニ)が巻き込まれることで繰り広げられるロマンティック時代劇だ。
ハン・スンヨンは本作で、名家の令嬢イ・ジウォンを演じ、もう一つの宮廷ロマンスを描いた。ジウォンは都で一番の縁談相手イ・チャンウォンの妹であり、才色兼備な名家の一人娘。品がありながらも自信に満ちたイ・ジウォンは自身の意見をはっきりと主張するが、恋愛には奥手で不器用というキャラクターだ。
KARAの活動と並行しながら演技にも挑戦してきた彼女は、これまで『青春時代』や『恋する十二夜~キミとボクの8年間~』などで主演を務め、幅広いジャンルで活躍してきた。本作では芯の強い女性を繊細な演技で表現。特に、女性が声を上げにくかった時代において、主体的に生きる女性像を描き、女性視点の物語を引っ張る中心人物として存在感を放った。
『春画恋愛物語』は放送前から「19禁時代劇」として話題を集めたが、ハン・スンヨンは冷静に向き合ったという。
「確かに、タイトルやテーマから“19禁”であることに注目が集まっていしましたが、私たちは純粋に良い作品を作りたいと思っていました。脚本にそのような要素が含まれていることについては、監督ともたくさん話し合いました。キャスティング前の打ち合わせの段階から、この作品の方向性について細かく相談していたので、過度な露出や扇情的な演出ではなく、美しく表現することを目指しました」
「私が演じたジウォンのストーリーは純粋さが大切だったので、過度に“19禁”という印象が強くなりすぎると、キャラクターの魅力が損なわれてしまう可能性があると思いました。そのため、慎重に調整しながら演じました」
今年の7月には37歳になる彼女だが、20代前半と言っても違和感がない若々しいルックスを誇るハン・スンヨン。今作でのベッドシーンは、一部のファンにとって衝撃的だったという。
「デビュー時から私はずっと成人でした(笑)。未成年のイメージは特になかったはずなのに、なぜ皆さんがそんなに驚かれたのか不思議です」と話しつつ、「実はKARA時代の衣装より露出は少ないんですよ」と述べた。
「衣装だけを見ると、トップスにワイドパンツというシンプルなスタイルです。でも、シーンの雰囲気や演出、照明が色っぽかったので、視聴者の皆さんがそう感じたのかもしれません。劇中では、私が主導して婚約者を迎え入れる設定でした。これは演技の一環として受け止めましたし、もしこの程度の演技を難しいと感じるなら、俳優としての表現の幅が狭まってしまうと思いました」と語った。
続けて、「いまだに私を幼く見てくださる方がいるようですね。確かに、デビュー時からずっと“童顔”だと言われてきました。そのイメージで固まっているのかもしれません。でも、私はハン・スンヨンという俳優です。この作品を選ぶとき、ベッドシーンがあることは気になりませんでした。俳優である以上、作品の演出に合わせて自然に溶け込むことが大切だと思っています。もちろん、ファンの方々が驚かれたのは理解していますが、私は“成人俳優”ですし、これからも自分の信念を持って良い作品に挑戦していきたいです」と強調した。
撮影中に難しかった点についても率直に語った。
「正直、全く恥ずかしくなかったと言ったら嘘になります(笑)。でも、私が恥ずかしがると現場全体の空気がぎこちなくなるので、できるだけ堂々と演じました。実は、共演者が私より10歳ほど年下だったんです。もし私が恥ずかしがってしまうと、相手役も気まずくなってしまうと思い、プロとして気を引き締めて撮影に臨みました。最大限、美しく演じることを意識しましたし、現場のスタッフの皆さんも配慮してくださったので、安心して撮影できました」と振り返った。
今回のドラマで見せた大胆な演技が話題となったハン・スンヨンだが、彼女自身は「俳優としての表現の幅を広げるための挑戦」と受け止めている。元KARAとしてのアイドルのイメージが強い彼女が、新たな演技スタイルに挑戦し、時代劇の世界でどのように自身のキャリアを築いていくのか、今後の活躍に期待が集まる。
(記事提供=OSEN)
◇スンヨン プロフィール
1988年7月24日生まれ。本名ハン・スンヨン。韓国・ソウル出身。身長160cm。2007年にKARAのメンバーとしてデビューし、グループ内ではリードボーカルを務めた。デビュー当時はまったく売れず、さらにメンバーの脱退と崩壊の危機にあったKARAを存続させるために、どんな番組にも多く出演。グループの名前を売ろうと、バラエティ番組で全身泥まみれになる場面もあったという。そのためファンの間では「努力の人」や「苦労人」として知られている。
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