前作『7番房の奇跡』で、韓国のみならず日本も感動の渦に巻き込んだイ・ファンギョン監督の最新作『偽りの隣人 ある諜報員の告白』が、いよいよ9月17日に日本公開を迎える。
1985年、軍事政権下の韓国を舞台に、民主化を求めて自宅軟禁された政治家と、それを監視する諜報員の物語の本作は、コロナ禍の現代において、“隣に人がいる”という大切さを教えてくれる作品でもあるようだ。
政治的なテーマで一見とっつきにくそうだが、イ・ファンギョン監督ならではの温かみ、人情味を存分に感じられる作品となっている。
そして今回、日本公開に先駆け、監督とリモートで行ったインタビューも、監督の優しさや人を思いやる心が言葉の端々に滲み出ていた。
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――軍事政権下の韓国が背景の社会派ヒューマンサスペンスにもかかわらず、監督ならではの温かみが感じられる作品になっているが、意識した点と特にこだわった点は?
まずなによりも重要視したのはキャスティングで、温かい心を伝えられる俳優たちのアンサンブルが大切だと思いました。俳優たちの演技を通して(映画の舞台となった)1985年の世の中を見せるために、美術のセットにもこだわりました。
――今回の映画を作ろうと思ったきっかけは?
韓国の観客は一般的に恋愛ものやホラー、スリラー作品を好む一方で、政治的な作品もよく観られます。なので最初はヒューマンドラマにしたいと思いましたが、そこにコメディ要素を盛り込み、それらをシンプルに伝えるのではなく、メッセージ性を込めた物語を作れないかと考えたのが企画の始まりでした。
――作品のモチーフとなった実際の事件などはあったのか?
事件のモチーフに関しては、1973年に起きた金大中(キム・デジュン)拉致事件がモチーフとしてありましたが、それをドキュメンタリーとして映画化するのではなく、また別の作品ぶ仕上げました。
――サムギョプサルなど、食事シーンが多く盛り込んでいるのは何か意図があったのか。
この作品の主人公たちは政治家を監視・盗聴していますが、それだけを切り取ると非常におぞましく、怖い印象になってしいます。(キャラクターの)職業的にも、政治的により踏み込むことはできましたが、おぞましく見せたくないと思いました。
そのため人間の基本的な欲求である美味しいものを食べる、排せつする姿から感じられる人間味をナチュラルに見せられればと思い、食事シーンをふんだんに盛り込ました。
また食事だけではなくトイレのシーンも数回出てくるのですが、2人の主人公(ユ・デグォン、イ・ウィシク)を通して人間味を見せたいと思いました。
そういえばこの取材を始める前、記者の皆さんに食事は美味しく召し上がりましたか?と聞こうとしましたのですが、うっかり忘れてしまいました(笑)
――主演のチョン・ウは2004年のソン・スンホン主演映画『あいつはカッコよかった』で初起用し、今回2度目のキャスティングだが、その意図は?また彼の俳優としての魅力は?
チョン・ウは2004年にオーディションで私が抜擢したのですが、非常におもしろい俳優という印象で、一般的ではない俳優だと思いました。猪突猛進的な面も持ちアイデアも豊富です。そのため、2004年当時は新人にもかかわらず、助演クラスの役を任せました。
彼とはたくさん言葉を交わし、食事やお酒も一緒に楽しんできましたが、その間も彼の適役について常に悩み、考えていました。そして今回の主人公が彼にピッタリだと思い、キャスティングしました。
――チョン・ウの魅力は?
チョン・ウという俳優の一番の長所は、スポンジのように何でも吸収するところです。例えば赤い絵具を垂らせば赤に、黄色い絵具を垂らせば黄色に染まってくれるような、吸収力のある俳優と言えます。
そして一つ投げかけるとすぐにフィードバックをくれますし、すぐに感情移入し、難易度の高い演技も見事にこなしてくれる俳優だと思います。
――イ・ウィシク役にオ・ダルスを選んだ理由は?
オ・ダルスとは前作『7番房の奇跡』で仕事をしたのですが、その時はヤクザ役だったし、それ以外の過去作でもコメディタッチな役や、詐欺師役、誰かを裏切る役などが多かったです。そのような役も悪くはなかったですが、オ・ダルスの新しい姿を見せられる役はないだろうかとずっと考えていました。
そして今回の大統領役でこれまでにない姿を見せられると思い、絶対に演じてほしいという強い気持ちで思いオファーを出しました。彼ならば絶対素晴らしい演技を見せてくれると思いましたし、周りも支持してくれました。
――出演者とのやり取りで印象に残っていることは?
エピソードとしては、オ・ダルスがお酒のマッコリが好きで、撮影中も毎日欠かさず飲んでいました。ほかの俳優も交え、一杯飲みながらその日の撮影の振り返りなどをしていました。また映画の制作会社の代表とも毎日飲んでいた姿が印象的で、お酒の席の楽しげな雰囲気も、作品の中に溶け込んでいると思います。
また彼の演技が面白いため、笑うのを我慢するのが大変でした。それほど楽しい演技をたくさん見せてくれましたが、シリアスな役柄だったため、少し抑えてもらうのが大変でした。
――監督が実際に少年時代を過ごした1985年を再現するにあたって大変だったこと、ワクワクしたことは?
私は当時中学生だったのですが、流行っていた音楽や美術などは特に気を使いました。当時は今では考えられないほど検閲が強く、劇中で使用した『ピングルピングル(くるくる)』という楽曲は、当時流行っていたが禁止曲だったのです。
なぜかというと、“くるくる”という歌詞が人を惑わせるからという理由でした。当時も今も理解できないですが、このような話をアイロニカル(皮肉っぽく)に見せたかったのです。
当時を思い出すと楽しかったが、息苦しくもあり、もどかしい気持ちにもなります。当時わからなかった抑圧も、今になると気づくことが多い。観客の皆さんにも、あの時代の思い出をのぞき込んで見てほしいと思います。
――今後監督が映画を撮ってみたい俳優や女優は?
特定の俳優というよりも、これまでともに仕事をしてきた俳優たちが、才能にあふれ、演技が達者な方たちばかりなので、今後も撮ってみたいと思っています。
そしてこれから撮ってみたい俳優は、作品の中でも素敵な姿を見せてくれることから、心が温かく、人柄が良く、優しい人がいいです。
私の作品は人間味やコメディ、感動を描いているので、私が作り出したキャラクターと俳優が相まって、素敵な花を咲かせてくれると思います。
――政治というテーマは重くなりがちだが、実際はコミカルなシーンも多かった。両者のバランスで気を使った点は?
政治というテーマは重くなりがちですが、私の追い求めているものは、どんなに重いテーマであっても観客が気楽に温かい心で楽しく観てくれることです。政治的な作品の特徴としては、妙な緊張感があり、アイロニーが漂っているようなモチーフが多いと思います。
しかし私はそのようなテーマもそのままドキュメンタリー化せず、自分の視点を入れることで、自分自身の長所だと思っているヒューマンドラマやコメディにしたかったのです。
今回もバランスが大切でしたが、政治的な部分とコメディの比率で言うと単純に半々ではなく、4:6、3:7でコメディ要素が多かったと思いますし、そうなるように努力しました。
――前作『7番房の奇跡』同様に登場人物の役名が、監督の家族や知人など身近な人の名前だと聞いたが、理由と効果は?
馴染みのある名前を使うことで、良い作品になると思っていますし、家族にとっても楽しみや癒しになってほしい。
『7番房』に出てくるイェスン(演者カル・ソウォン/パク・シネ)という名は私の娘の名前で、ヨング(演者リュ・スンリョン)という名は私の親友の名前です。
そして今回『偽りの隣人』に出てくるイ・ウィシクというのは私の父の名で、その奥様は私の母の名になっています。そしてウィシクの息子イェジュンは私の2人目の息子の名前で、主人公のユ・デグォンは私の幼なじみで親友の名から取っています。
シナリオを考える際、キャラクターに名前をつけるのは本当に大変な作業なので、私が気楽に呼べる名前を使うことで、頭の中でよく動いてくれるから拝借しています。また作品の内容も家族にまつわる物語が多いので、自然とそうなったようですね。
以前ほかの記者から「家族たちは喜んでいるでしょう」と言われましたが、実際はあまりうれしくないようです(笑)。でも私は今後も使いたいと思っています。このような気持ちで作った作品が観客にも伝わればという信念で撮っていますし、癖になっている面もあるかもしれない。
そして今回『偽りの隣人』で大統領役に父の名前を使ったのですが、それに関しては父も気分よく感謝していると言っていました。
――『偽りの隣人』で家族の名前をすべて使ったようだが今後は?
それで今悩んでいます(笑)。次は妻側の家族の名前を借りようと思っています。
――監督のお気に入り、もしくは思い入れの強いシーンは?
俳優たちのアンサンブルが際立った“かくれんぼ”と呼んでいるシーンです。ヨム・ヘランやキム・ビョンチョルなど、3人がかくれんぼをするようなシーンで、片方が隠れると片方が出てくる場面がとても記憶に残っています。あのシーンのために、俳優たちが何日も練習を重ねたことが印象深い。
そのほかにも、最後のオ・ダルスとチョン・ウが銭湯で再会し、食事をしたかどうかを尋ねるシーン。私にとってもベストと言える名場面の一つになっています。
――コロナ禍で映画業界も苦しい中、本作を通して日本の観客に伝えたいことは?
韓国でも座席を減らし、ソーシャルディスタンスをとった状態で公開されたので、マスクをつけた状態でも声を出して笑うことが非常に難しい状況でした。
『偽りの隣人』という作品は、本来であれば誰かと一緒に楽しんでもらいたかったのですが、それが叶わずに残念な気持ちもあります。なので物理的に距離はありますが、少しでも誰かと一緒だということを意識して観てほしいですね。
今の時代、コロナ禍で世の中が断絶したような状況だと思いますが、以前のように皆で映画を観られるような世界に、早く戻ってほしいという気持ちで企画を立ち上げました。
また、この『偽りの隣人』という作品は、現在のパンデミック禍の映画ではないかと思っています。
ぜひ日本の皆さんにもたくさん観て頂きたいと思っていますし、これを観ることで隣に自分のことを思ってくれる人がいるんだと、頼れる隣人がいるんだと思い、コロナ禍をどうにか乗り切ってほしいと思っています。
日本では現在パラリンピックが行われていると思いますが、選手たちの素晴らしい姿や意思を称えつつ、『偽りの隣人』も同時期に観て頂いて幸せな気持ちになってほしいと思います。
(取材・文=高 潤哲)
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