アカデミー賞の前哨戦とされる「第78回ゴールデングローブ賞」で外国語映画賞を受賞した映画『ミナリ』が、日本より一足先に韓国で封切られた。
映画ファンならすでにご存知のように、『パラサイト 半地下の家族』に続き「アカデミー賞で波乱を起こすかもしれない」として、世界のメディアが注目を集めている作品だ。
監督を務めたのは『君の名は。』のハリウッド実写版を手がけるリー・アイザック・チョン。制作はブラッド・ピット率いる「プランB」、北米での配給は『ムーンライト』などでオスカー常連となった映画会社「A24」と、話題性も抜群だ。
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アメリカ国籍の監督が演出し、アメリカの映画会社が制作した『ミナリ』だが、セリフの約80%が韓国語となっている。韓国系移民2世の監督の半自伝的な物語として、1980年代にアメリカ南部のアーカンソー州に移民した韓国人家族の暮らしを描いているためだ。
タイトルの「ミナリ」とは、セリ(芹)を意味する韓国語だ。
監督の祖母がアメリカに渡った際にミナリの種を持ち込んで植えたのだが、すくすくと育つ姿がまだ子供だった監督に強烈な印象を与えたそうで、その様子は劇中でも描かれている。たくましく地に根を張り、2度目の旬が最もおいしいことから、子供たちの幸せのために全力で生きていく韓国人家族の姿をミナリに喩えたのだろう。
それにしても『ミナリ』に対する韓国の関心の高さには、驚くばかりだ。
各メディアは連日のように海外映画祭での受賞の快挙を報じており、韓国公開1カ月前にはネット民らによる本編映像の違法配布が横行してしまい、韓国での配給会社が頭を抱えていたほどだった。
劇場公開初日だった3月3日には、観客動員数4万731人を記録しながら興行ランキング1位を獲得。
以前紹介した『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の初日の観客動員数(6万6581人)より少なめではあるが、『ミナリ』のために全国の映画館を訪れた観客が前日と比べて3万人以上増えたということで、韓国メディアはコロナ禍での快調なスタートと評価している。
観客の反応も好評だ。大手ポータルサイト「NAVER」でのレビュー欄には「終わった後、ゆるやかな余韻が残る」「メッセージはさておき、視覚・聴覚的に素晴らしい」「淡白な演出だからこそ温かいと感じる」「『パラサイト』と比べるような記事もあったが、まったく違うスタンスの映画。これはこれで良かった」という感想が寄せられている。
ストーリー、演出、OST、映像美、演技を評価するグラフでは「演技」への評価が最も高く付けられていた。
アメリカのドラマ『ウォーキング・デッド』シリーズのグレン役や、村上春樹原作の『バーニング劇場版』で知られるスティーヴン・ユァン(父親・ジェイコブ役)、Netflixで配信中のドラマ『青春時代』に出演した韓国人女優ハン・イェリ(母・モニカ役)、同じく韓国の大御所女優ユン・ヨジョン(祖母・スンジャ役)の主演キャストの演技力は、韓国のみならず海外でも絶賛されている。
特にハン・イェリとユン・ヨジョンの2人は、今回のハリウッド挑戦がひとまず大成功したといえそうだ。ハン・イェリはアジア太平洋エンターテインメント連合が主催する「2021ゴールドリスト授賞式」で主演女優賞を受賞し、ユン・ヨジョンはアメリカ内の各批評家協会や映画関連団体による授賞式で数多くの助演女優賞を受賞。3月5日時点で27冠を記録中だ。2人ともアカデミー賞の主演女優賞、助演女優賞の有力候補として挙げられている。
自身も『マグニフィセント・セブン』など多数のハリウッド映画に出演したイ・ビョンホンも、韓国映画『それだけが、僕の世界』で共演したユン・ヨジョンを応援している。イ・ビョンホンは2016年の第88回アカデミー賞で外国語映画賞のプレゼンターを務めたが、同じような快挙への期待が『ミナリ』にも集まる。
その作品性と可能性が認められ、「第36回サンダンス映画祭」を皮切りにあらゆる映画祭を席巻している『ミナリ』。ゴールデングローブ賞の外国語映画賞を含めて77冠受賞の今、その勢いでアカデミー賞への期待も高まっている。
今年も韓国中が沸くような波乱が起きるだろうか。まずは3月19日からの日本公開を楽しみに待ちたい。
(文=慎 武宏)
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