財閥家の男に残酷に捨てられた…『私の頭の中の消しゴム』出演の韓国女優、衝撃の過去を告白

2020年08月18日 話題
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韓国映画『私の頭の中の消しゴム』などに出演した女優キム・ブソンが、未婚の母として生きることになった家庭事情を告白した。

キム・ブソンは8月17日、フェイスブックを通じて「ひどく孤独な時代、財閥家の男と会って子供を生み、残酷に捨てられた」と述べた。

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事実であれば、まるで映画のような話だ。

彼女は「芸能界デビューしたとき、故郷の先輩が女優は孤独を運命のように、友のようにして生きなくてはならないとし、恋愛は夢にも見ないようにと忠告した」とし、「しかし振り返ってみると先輩の忠告は間違っている。女優として成功するためには、世の中の恐ろしいことも経験し、いろいろな人に会って多様な愛も経験し、別れて、ぶつかって、痛みも味わってこそ、本当の演技ができると忠告すべきだった」と話を切り出した。

衝撃の過去を激白

キム・ブソンは「財閥の男に会って子供を生み、残酷に捨てられた。既婚男性だった。突然、未婚の母になったのだ。想像もできなかったことが現実になったのだ。本能にだけ忠実だった。主演女優から瞬時に転落した」と述べた。

キム・ブソン

続いて「大丈夫だと感謝した。私は子供を飢えさせず、生きていかなければならない未婚の母だったから。妊娠の知らせを聞いて子供の父親は、責任を取れない、産むなと言った。産むのであれば済州島の故郷に行って産み、船乗りになるなり、海女になるなりして、私に責任はないと言った。青天の霹靂だった。子供の父親は、そうして妊娠2カ月のときに私から離れた。そうして終わった」と伝えた。

キム・ブソンは「母はショックで毎日、嘔吐と下痢をし、世界で最も恐ろしく愛する私の姉は、走るトラックの中に私を掴んで泣きながら入った。そうやって涙で赤ちゃんを産んだ」と回想した。

その後、「生後100日になる日、連絡が途切れた父親は1年ぶりに子供の100日おめでとうと祝電を送ってきた」とした。彼女は「会いたかった。家族の丁寧な引き止めを振り切って、赤ちゃんが4カ月になったとき、ソウルに上京した」と述べた。

しかし子供だけ奪われたという主張だ。

キム・ブソンは「赤ちゃんを彼の家に疑うことなく預けて、旅行に行った」と振り返り、2人きりで話した際、赤ちゃんの父親から「君が子供の幸せのために、子供の未来のために、子供を忘れて暮らせ。新しい出発をしろ。お母さんが大金をくれるよ。そのお金をもらって子供を送り、いい男と会って家庭を築け」と言われたという。

男から狩猟用の銃口を向けられる

彼女は「初めて赤ちゃんの父親に、血を流す獣のように叫び、たてついた。泣き叫んで、乱暴に走り寄った」とし、「彼は躊躇することなく狩猟用散弾銃で私の顔を殴った。倒れた私に銃口を向けた」と振り返った。

キム・ブソンは「涙で生んだ赤ちゃんと私は、そうして4カ月でとんでもない生き別れをした。しかし私はあきらめなかった。目さえ開けば城北洞(ソンブクドン)の実家と赤ちゃんの父親の家を行き来し、獣のように彼らの家の前で赤ちゃんを返せと叫んだ」と伝えた。

そして「彼らは降伏した。弁護士事務所に出てこいとした。赤ちゃんは地下駐車場にいるとし、赤ちゃんに会う前に必ず署名をしなければならならないと2枚の紙を出した」「その内容は▲慰謝料を一切必要としない▲養育費を一切必要としない▲子供の父親と再度会って不適切な関係を結べば、私が5000万ウォン(約500万円)を支払うというものだった。私はためらうことなく署名した」と伝えた。

キム・ブソンは「それが1990年の春だった。財閥家の子供の父親は、1ウォンも支援しなかった。その後、彼はアメリカに夫婦旅行に行き、そこで再び女性と出会い、夫人と離婚して再婚して娘をもうけた。衝撃の連続」と伝えた。

真相は定かではないが、女優の知られざる過去に衝撃が広がっている。

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