韓国で“日本のおじさん俳優”がブレイク中だ。
インターネットの発達により、世界中の“イマ”がすぐさま手元で得られるようになった。特に、物理的な近さもあってか、お隣・韓国の影響は強い。
音楽、映画、ドラマ、ファッションと、あらゆる韓国カルチャーが深く浸透している。K-POPアイドルたちはデビュー前から“徹底的”な練習漬けの生活を送り、完成度の高いパフォーマンスを披露する。ドラマや映画でも、“徹底的”に感情を吐き出し、視聴者の共感を全力で呼び起こす。
それはまさに「熱量」の文化であり、韓国エンタメの魅力の源でもある。ただし、その熱さゆえに、受け取り手にある種の疲労感をもたらすこともある。日々の仕事や人間関係に疲れたあと、濃密な感情のぶつかり合いに触れることに、少々しんどさを覚える人もいるだろう。
そんな中、異質な存在として注目されているのが、俳優・松重豊である。
彼の魅力は“静けさ”にある。代表作『孤独のグルメ』がその象徴だろう。タイトルの通り、1人の中年男性・井之頭五郎が黙々とご飯を食べるだけの作品だ。セリフは控えめで、ほとんどがモノローグ。BGMもごく淡く、事件らしい事件も起きない。黙々と、もぐもぐと空腹を満たす。その姿に癒される視聴者が続出している。
そう感じているのは日本人だけではない。韓国でも『孤独のグルメ』は親しまれており、今では人気コンテンツとして定着している。
もともと韓国では、食事は「人と一緒に食べる」ことが基本とされてきた。1人で食事をする“ホンパプ”は、長らく寂しい行為と見なされていたが、『孤独のグルメ』の影響もあってか、その風潮は徐々に変化しつつある。松重は、韓国における“ひとり飯”文化のゆるやかな拡張を後押しした存在でもあるのだ。
そして現在、『劇映画 孤独のグルメ』が韓国でも公開されている。3月19日に封切られると、同月23日までに5万4515人を動員(韓国映画振興委員会調べ)。実際に劇場へ足を運んだ観客からの評価も高く、映画評価サービス「CGVゴールデンエッグ指数」では100%中96%の満足度、映画館「ロッテシネマ」における観覧客の評価は10点満点中9.1点となっている(24日7時時点)。
もともとドラマシリーズの人気も根強いだけに、今後も口コミによってロングランヒットが見込まれる。
K-カルチャーは“量”と“熱”で圧倒する文化だ。細部まで練られた演出、情熱的なパフォーマンス、熱狂的なファン――すべてが「動的エンタメ」として、凄まじいエネルギーを持っている。一方、松重が体現するのは、騒がず、語らず、ただじんわりと染み込む“静的エンタメ”だ。
無駄を削ぎ落としたような、まさに侘び寂び。騒がしい世界の中にふと訪れる静寂のような存在感が、K-カルチャー全盛の時代において、逆に“鋭さ”として輝いているのだろう。
松重は、K-カルチャーとは対極の位置から、確かな存在感を示している。“静けさ”という名の新しい風を、いま韓国に吹き込んでいるのだ。
(文=スポーツソウル日本版編集X)
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