小平奈緒との抱擁で話題を呼んだイ・サンファが「引退会見」で語ったこと

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“スピードスケート女帝”イ・サンファがスケート靴を脱いだ。

イ・サンファは5月16日、ソウル中区にあるザ・プラザソウルホテルで引退会見を開き、現役生活を終えた。2018年の平昌五輪後は公式大会に出場せず、事実上、現役生活を中断していた。最近まで膝のリハビリをしてきたが、氷上に立つまでのコンディションにならなかったため、引退する決意を固めた。

中学生時代に初めて韓国代表となったイ・サンファは、韓国スピードスケートの看板スターとして活躍した。2010年バンクーバー五輪では、優勝候補ジェニー・ウォルフ(ドイツ)を下して金メダルに輝き、2014年ソチ五輪でオリンピック連覇を達成した。

昨年の平昌五輪では銀メダルを獲得し、“ライバル”小平奈緒と抱擁する感動的なシーンは、日韓で大きな話題となった。

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引退会見でイ・サンファは「最高のコンディションを維持できず、自分に失望した。国民に良い姿のまま覚えてもらえる状況で引退したかった」とし、「国民からの愛情は一生忘れず、胸の中に刻んで生きる」と涙を流した。

イ・サンファの一問一答は以下の通り。

5月16日、引退会見でコメントするイ・サンファ

―引退した感想は?

スケート選手として、最後のあいさつを伝えることになった。言いたいことをどう整理すべきか、数日間悩んだ。15歳のとき、初めて韓国代表になった日をありありと思い出す。トリノ五輪のときは、初出場でまったく落ち着けなかった。氷の上で転ばないようにしようとだけ誓ったことが、昨日のことのようだ。

選手としても女性としても、年齢が多くなった。17年前、自分だけの目標を立てた。世界選手権優勝、オリンピックの金メダル、世界記録更新の3つだ。絶対にできるし、できなければ駄目だという気持ちで精一杯、努力してきた。身に余る国民の応援のおかげで、目標をすべて達成できた。その後も国家代表として応援を受け、それに応えたい気持ちで次のチャレンジを続けた。

自分の思いとは違って、膝はいつも問題だった。体がついていかず、こんなコンディションでは二度と最高の技量を出すことはできないと考えた。手術で解決しようとしたが、選手生活をすることができなくなると診断された。リハビリと薬で戦い続けたが、体は求めるようにはならなかった。

スケートのための最高のコンディションを維持できず、自分自身に多くの失望を感じた。だから引退を決めた。国民に良い姿で記憶してもらえるときに、選手生活を終えたい。いつも「女帝」と呼んでもらえる、最高の姿だけ覚えてもらいたい。スケート選手としての生活は今日で終わるが、お返しができるように個人的に続けて努力する。

明日から何をどうすればいいのか、心配だ。今までしてきたように、他のことも熱心にする。これまで国民の皆さんと一緒で、幸せだった。一生忘れず、胸の中に刻んで生きていきたい。

―最終的な決心は、いつ頃生まれたのか。

3月末頃に、引退しようと考えていた。でもいざしようとしたら、全身で実感した。あまりにも惜しく、未練が残っていて、もっとやってみようという気持ちでリハビリを並行した。自分の体の状態は、自分がよく知っている。以前の状態に戻るには、たくさん時間がかかるようだった。今、締めくくるほうがいいと思った。

―引退後の計画は?

小学校1年生のときから30歳まで、スケートのためだけに生きてきた。そんな自分から一度、離れてみたい。誰とも競争したくない。余裕を持って生活してみたい。まだ今後の具体的な計画はない。どのように第2の人生を作っていくかを考えたことがなかった。所属する芸能事務所には、スポーツスターも多い。オファーが入ってきたら、少しずつやってみるつもりだ。

スケートをやめて、他の種目に移る選手もいる。しかし自分の場所で、最高のポジションにいるときに去るほうが、良いようだ。今ようやく、膝の手術をする時期が来たようだ。

―韓国代表として活動したなかで、最も記憶に残る瞬間は?

ソチ五輪だ。選手たちの間には、世界新記録を達成したら金メダルを取れないというジンクスがあった。私も恐れていたが、乗り越えてオリンピックを連覇した。すっきり完璧なレースだった。

―オリンピックの各メダルの意義は?

バンクーバー五輪は、最初のメダルだった。3位以内に入ることを目標にオリンピックに出場したが、予想外の金メダルだった。ソチ五輪は世界記録を更新し、ずっと良い成績のまま連覇を達成したので、自分をほめてあげたい。

平昌五輪では、オリンピック連覇というプレッシャーを乗り越えたことがあったので、3連覇の負担にも打ち勝てると考えた。しかし容易ではなかった。負傷が悪くなって、韓国で行われるということでさらに緊張した。でも銀メダルも、とてもかわいい。すべて大切なメダルだ。

オリンピック3連覇を目指した平昌五輪では銀メダルだった

「長野に遊びにいくと言ったら、いつでも来いと」

―小平奈緒はなんと言っていたか。

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