名将ヒディンクがユ・サンチョルさんを追悼…日韓W杯で共闘した“愛弟子”に伝えたメッセージとは

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かつて2002年日韓W杯で韓国代表を率いたオランダ人指揮官のフース・ヒディンク監督が、すい臓がんとの闘病の末に亡くなったユ・サンチョルさんに追悼のメッセージを伝えた。

【関連】ユ・サンチョルさんの死去に各界から哀悼の声

『東亜日報』や『聯合ニュース』など、複数の韓国メディアが6月9日に報じている。

これらのメディアによると、ヒディンク監督が韓国国内で理事長を務めるフース・ヒディンク財団を通じ、ユ・サンチョルさんが亡くなった翌8日、遺族に追悼のメッセージを伝えたという。

2002年日韓W杯当時のフース・ヒディンク監督

同財団関係者は、ユ・サンチョルさん死去の知らせを聞いたヒディンク監督は「とても悲しんでいた」とし、新型コロナウイルス感染症の影響で訪韓が難しいことから、ヒディンク監督自らメールで追悼のメッセージを送ってくれたことを明かした。

「もう君は私たちのそばを離れるが…」

ヒディンク監督は49歳の若さでこの世を去ったユ・サンチョルさんに、次のように追悼のメッセージを伝えている。

「君を失ったことほど悲しいことはない。君がこの世を去ったという話を聞き、私は深い悲しみに包まれている」

「私は、君のような偉大な人格を持った選手とともにできる特権を享受した。君は、私と私たちのチーム(韓国代表)に大きな刺激をもたらしてくれた」

「もう君は私たちのそばを離れる。だが、君と一緒に過ごした思い出、君の微笑み、君の喜びは、私たちの胸に永遠に残り続けるだろう」

「私は君を愛しており、今も君とともにいる。どうか安らかに眠ってほしい」

2002年日韓W杯のポーランド戦で決勝点を挙げ、喜びをあらわにするユ・サンチョルさん

2002年日韓W杯当時、ヒディンク監督は韓国代表をアジア勢初のベスト4進出にけん引。その“ヒディンク・コリア”において、前線から中盤、守備までこなせるマルチロールぶりを発揮し、豊富な運動量でチームの攻守を支えたのがユ・サンチョルさんだった。

特に、本大会グループステージ初戦のポーランド戦では韓国の勝利を決定づけるゴールを叩き込み、その後の快進撃に続く礎を築いた。

かつての栄光をともにした“愛弟子”との別れを、ヒディンク監督も遠く離れた地で惜しんでいた。

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