韓国Kリーグ2(2部)のソウルイーランドFCに加入した元日本代表MF小林祐希(29)が、チームを1部昇格に導く覚悟を語った。
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日本代表経験のある小林は、東京ヴェルディやジュビロ磐田などJリーグでのプレーを経て、ヘーレンフェーン(オランダ)やワースラント=ベフェレン(ベルギー)、アル・ホール(カタール)に在籍。そして去る7月1日、ソウルイーランドへの加入が発表された。
小林はソウルイーランド加入前、Kリーグ1(1部)の優勝候補からオファーを受けたほか、今夏にはJリーグや欧州の複数クラブの関心も集めたという。
それほどレベルの高い選手という評価を受けていただけに、新天地がソウルイーランドに決まった直後は韓国国内のエージェントの多くが驚きを示した。数多くある選択肢の中で、Kリーグ2(2部)のクラブが選ばれたからだ。
最近、本紙『スポーツソウル』のオンラインインタビューに応じた小林は、韓国行きの背景をこう説明した。
「オファーをもらうまで、韓国でプレーするとはまったく想像もつかなかった。欧州に帰りたい思いもあった。韓国に行けば欧州行きの可能性は減る。短い時間だったがたくさん悩んだ」
「だが、エージェントや(ソウルイーランドの)キム・ウンヨン事務局長の熱意を受けて決断した。事務局長直筆の手紙を受け取り、エージェントも毎日電話をかけてきた。選手としては、自分の存在を最も熱く望むチームでプレーするときが幸せだ。だから、ソウルイーランドに行くことを決めた」
初めてKリーグでプレーする小林は韓国との縁も語った。「世代別代表で韓国と対戦したことがある」という小林は「ジュビロ磐田時代にはチョン・ウヨン、ペク・ソンドン、チョ・ビョングクらとプレーした。カタールではク・ジャチョルと対戦したこともあり、挨拶する仲だ」と話すと、「ちょっと前には美容室でソン・フンミンと会い、挨拶を交わした」とエピソードも明かした。
続けて、「韓国サッカーは激しい面がある。ボールを奪うために強い闘志を見せる」とし、「こうしたスタイルを考慮してチームメイトを活かさなければならない。僕は直接シュートを打ったりドリブルしたりするようなタイプではない。スペースや時間を作ればよい。集中的に牽制を受けるのであれば、仲間にチャンスを与える」と、韓国サッカーの特性に合わせてプレーする覚悟を明らかにした。
小林はソウルイーランド入団後、コーチを務めていたキム・ヒホさんが突如この世から去る衝撃的な悲報に出くわした。小林は自主隔離を終え、去る7月10日にアウェーで行われた大田(テジョン)ハナシチズン戦を訪れた際、勝利後に涙を流す選手たちを慰め、激励した。まるですでに長い間プレーしているかのような振る舞いだった。
小林は「個人的にも衝撃を受けた。選手たち全員がそのような様子だった。選手たちは勝利をコーチに捧げた。困難に直面しているが、我々はプロチームだ。うつむいてはいけない。一生懸命プレーすることが故人への礼儀だ」とし、「僕はチームに早く溶け込みたかった。信頼を得ることが重要だ。ピッチ外での姿、人間性、キャラクターを通して信頼を与えたかった」と、成熟した態度を見せた。
実際、小林はスパイクをオーダーメイドで製作し、専属シェフを同行させるなど、非常にプロ意識の強い選手として知られている。
小林は「20歳のときにハムストリングスを1年に5回もケガしたことがある。そのときから、食事や体調管理をしっかりしなければならないと感じた。以降は負傷なく選手生活を続けられている」と話した。
また、「ファッションへの関心も高い方だし、タトゥーも好きだ。日本代表では“(タトゥーを)見せないでほしい”と要請を受けたことがあるが、韓国はそうではない。タトゥーがもう少し増えるのではないかと思う」と笑いながら話し、「サッカーをしない日は、おしゃれに着飾ってカフェやレストランに行くことが好きだ。サッカーにつながると思っている」と、ライフスタイルとサッカーのかかわりが深いという哲学も明かしてくれた。
2015シーズンのKリーグ参入以降、未だ昇格経験のないソウルイーランドを1部に導かなければならない責任感は強い。
小林は「昇格させたいという強い思いでやってきた。僕への期待が大きいことを知っているが、プレッシャーはむしろサッカーをするうえで役に立つと思う。監督ともコミュニケーションをしている。とても柔軟で心が開かれた指導者と言う印象を受けた。期待している」と意気込んだ。
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