J2千葉のユン・ジョンファン監督、ユ・サンチョルさんの訃報に「胸が痛い」…現役時代の思い出語る

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「コロナがいつになく無情ですね…」

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J2リーグのジェフユナイテッド市原・千葉を率いるユン・ジョンファン監督が、ユ・サンチョルさんの葬儀場を訪問できなかったことを残念がった。

すい臓がんと闘病中だったユ・サンチョルさんは、6月7日にソウル市内の病院で息を引き取った。

ユン監督は9日、本紙『スポーツソウル』の電話取材に応じると「2日前、(韓国にいる)妻がメールでサンチョルさんの知らせを伝えてくれた。すぐに訃報の記事を読んだが、もう二度と会えないことが信じられない」とし、「今すぐ韓国行きの飛行機に乗りたい気持ちだが、そうすることができず胸が痛い」と述べた。

2002年日韓W杯当時のユ・サンチョルさん(左)とユン・ジョンファン監督

ユン監督とユ・サンチョルさんは現役時代、1990年代初めから2000年代まで世代別代表で仲を深めた。幼い頃からお互いにお互いの存在を知り、1993年に米バッファローで行われた夏季ユニバーシアードではともに主力として活躍し、韓国を準優勝に導いた。

その後、オリンピックやアジア大会などの国際大会はもちろん、A代表でも一緒にプレー。2002年日韓W杯では“4強神話”の歴史をともに築いた。2人はJリーグでも同時期に選手生活を過ごした。

日韓W杯当時Jリーグで活躍したチェ・ヨンス、ファン・ソンホン、ユン・ジョンファン、ユ・サンチョルさん(左から)

「身も心も健康だったのに…」

現役時代は優れたプレーメイカーとして活躍したユン監督も、ユ・サンチョルさんの才能に憧れたという。

ユン監督は「最近こそマルチロールな選手が主流とされるが、当時はそんな概念がほとんどなかった時代だった」とし、「サンチョルさんはそうした概念を韓国サッカーにもたらした創始者だ」と称賛。「攻撃なら攻撃、守備なら守備。ただ穴埋めの役割ではなく、どのポジションでも100%のパフォーマンスを発揮した。本当に素晴らしい先輩だった」と振り返った。

特に、1998年バンコク・アジア大会で2人はルームメイトとして過ごし、主要な試合ではダブルプレーメイカーとして活躍した。

「同じ部屋で色んな話をした記憶が今も鮮明に残っている。サンチョルさんはボールを上手く扱えると同時に、いついかなるときも疲れを見せないスタミナと、強靭なメンタルが周りの手本になった」と語るユン監督は、「あんなに身も心も健康だった人なのに…」と、しばらく言葉を続けることができなかった。

(写真提供=韓国プロサッカー連盟)ユン・ジョンファン監督

ユン監督がユ・サンチョルさんと最後に会ったのは一昨年。昨年は新型コロナウイルス感染症の影響もあり、シーズン中は一度も韓国に帰国できなかった。シーズン終了後に一時帰国したものの、2週間の隔離を終えて3日ほど家族と会った後、すぐに日本へ復帰したという。

「一昨年、とあるイベントでサンチョルさんと会った。当時も闘病中だったがかなり好転した状態で、一緒にゴルフもした」と話すユン監督は、「その後もサンチョルさんが持続的に良くなっているという話を聞いて“良かった”と思っていたが、こんなにも早く亡くなられるとは思わなかった」と、率直な心境をあらわにした。

生前のユ・サンチョルさん

ユン監督は「(2017年に心臓発作で死去した)チョ・ジンホ先輩もそうだし、サンチョルさんもそうだが、大きな仕事をしなければならない方が若くしてこの世を去られるのは残念だ」とし、「同じ時代をともにした後輩として、先輩を永遠に記憶しながら、よりサッカー界に貢献しなければならない」と、切なる思いを伝えた。

また、「サッカー界では先輩後輩問わず、指導者生活でストレスを抱えて大きな病気にかかるケースがある。もっと楽しい気持ちで臨めるような環境が整ってくれたらと思う」とサッカー界に提唱した。

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