ロサンゼルス・ドジャースに入団する韓国の“超高校級”投手が、メジャーで対戦したい打者に大谷翔平(29、ロサンゼルス・エンゼルス)を挙げた。
馬山龍馬(マサン・ヨンマ)高校の投手チャン・ヒョンソク(19)は8月14日、ソウルドラゴンシティホテルでドジャース入団記者会見を行った。
会見にはチャン・ヒョンソクのほか、ドジャースのジョン・ディーブル環太平洋スカウトディレクター、ディーン・キム韓国担当国際スカウト、リコー・スポーツ・エージェンシーのイ・イェラン代表も出席した。
チャン・ヒョンソクのエージェント業務を担うリコー・スポーツ・エージェンシーによると、チャン・ヒョンソクは9日に契約金90万ドル(日本円=約1億3000万円)でドジャースと入団契約を締結した。
チャン・ヒョンソクは当時、報道資料を通じて「ドジャースという名門球団に入団できて光栄だ。自分を選んでくれただけに、一生懸命努力して発展する選手になりたい」と意気込みを伝えた。
身長190cm、体重90kgの恵まれた身体条件を持つチャン・ヒョンソクは、今年度の韓国高校野球で9試合3勝無敗、防御率0.93、52奪三振を記録し、国内屈指の高校野球選手と呼ばれた。
この活躍が評価され、来る9月の杭州アジア大会ではアマチュア選手で唯一野球韓国代表メンバーに選出。
また、7月に行われた「第78回青龍旗全国高校野球選手権大会」では、ドジャースをはじめピッツバーグ・パイレーツ、ミルウォーキー・ブルワーズ、フィラデルフィア・フィリーズ、カンザスシティ・ロイヤルズ、シンシナティ・レッズ、テキサス・レンジャーズ、オークランド・アスレチックスなどメジャー8球団のスカウトから関心を集めていた。
チャン・ヒョンソクは2023年の韓国プロ野球(KBO)新人ドラフトで全体1位指名が有力視されていたが、ドラフト参加を放棄してメジャー進出を選んだ。
ドジャースはチャン・ヒョンソク獲得にあたり、トレード期限に先立ち数選手を放出し、国際ボーナスプールを確保した。
以下、チャン・ヒョンソクとの一問一答。
◇
―ドジャース入団の感想は。
ドジャースに入団するとは思わなかったが、ユニホームを着ることができて光栄だ。自分のことを長い間見守ってくださったし、大会のためにソウルに上がったときも一度会った。自分に対する関心はおおよそ知っていたが、このように契約を結ぶとは思わなかった。
―ほかの球団の提案も受けたと聞いたが、ドジャースを選んだ理由は。
自分のことを長い間見守ってくれて、以前の映像や現在の映像を見せながら分析してくれたし、ドジャースという球団についてもしっかり説明してくださった。韓国の選手にとってドジャースは親しみがあり、慣れている球団だ。30球団内で投手を一番よく育てる球団とも聞いた。
―メジャーデビューまでどれぐらいかかると思うか。
早く上がることができれば良いが、実際に行ってみてどうするべきかを見なければならない。万が一負傷する可能性もあるので、何年かかるかはわからない。
―ロールモデルは。
クレイトン・カーショウのような投手になりたい。カーショウはドジャースに長く在籍して先発1番手を務めてきた。自分も先発投手になりたい意欲がある。
―ロールモデルにはダルビッシュ有もいると聞いたが。
日本時代の映像と現在のサンディエゴ・パドレスでの映像をたくさん見たが、投球フォームに違いがある。腕のスイングやバランスは違うが、自分の好きな感じだった。たくさん見て学ぼうとした。
―背番号18を選んだ理由は。
背番号は自分が選択しなかった。
※ジョン・ディーブル環太平洋スカウトディレクター「今着ているユニホームは我々がチャン・ヒョンソクの体に合わせて特別製作したものだ。時間が迫っているので早く作らなければならなかった。私はアジア方面で長くスカウトをしているが、松坂大輔や前田健太など多くのアジア最高の選手が18番を着用した記憶がある。チャン・ヒョンソクも18番を着用してくれればよいと思い選んだ」
―メジャーリーグで対戦してみたい打者は。
対戦したい打者はたくさんいるが、大谷翔平と対戦してみたい。メジャー最高の打者と呼ばれるほど最高の成績を残しており、同じ味アジア人選手だ。ダルビッシュ選手の次に尊敬する選手だ。
―パク・チャンホ、リュ・ヒョンジンの後を継ぐ覚悟は。
今はメジャーに行くことが目標だが、メジャー進出後はパク・チャンホ先輩やリュ・ヒョンジン先輩のようにドジャースで先発投手になりたい。
―周囲からの祝福の言葉で、記憶に残る言葉はあるか。
これまで一緒に野球をしてきた友達やコーチからたくさん連絡があった。親しい友達や先生からもたくさんもらった。誰か一人を指名することはできない。
―コリアン特級やコリアンモンスターのように、欲しいニックネームはあるか。
考えたことがない。一度つけてくださると嬉しい。
―韓国ではKBOリーグ(韓国プロ野球)を経てアメリカに進出する場合が多く、高校卒業後にアメリカに進出して成功したケースが多くない。敢えてすぐにアメリカ行きを決めた理由とは。
韓国プロ野球を経てアメリカに行く道もあるかもしれないが、自分は最後の夢がメジャーリーガーであり、アメリカで科学的な野球をしたかった。良いシステムと良い施設でもっと完璧に作れると思った。
―アメリカへの挑戦を決心した特別なきっかけがあったのか。
関心のあるピッチングラボが韓国よりアメリカの方がよくできており、韓国で学ぶよりもアメリカで学ぶ方が多少個人的に良いと判断した。青龍旗の奨忠高校戦を終えて決めた。
―ファンに一言。
これからもっと良い姿を見せるよう頑張りたい。感謝している。
(記事提供=OSEN)
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