地獄の門が開かれた。俳優ユ・アインと共に、だ。
ユ・アインは観客に次々と“奇妙な”経験をさせる俳優だ。2010年のドラマ『トキメキ☆成均館スキャンダル』で“成均館の暴れ馬コロ”ロスを経験させた頃は、まだ演技が上手な青春スターと考えられたが、2021年まで続く彼のフィルモグラフィーには驚くばかりだ。
陳腐だが「挑戦」というキーワードは、彼にとって特別に思える。ユ・アインはこれに対して、Netflixとのインタビューで「綺麗な言葉で、いつも口にしながら生きてきた。最高の価値に置いて生きた。しかし罠のように、強迫のように感じられることもある」と率直に打ち明けたことがある。
彼の挑戦と共に、観客には新しい世界が開かれる。新しい映画体験だ。彼の演技は、まったく見知らぬ世界の風景を生き生きとした感覚で伝える。その現実感は「なぜユ・アインなのか」を感じさせる。「なぜ見なければならないのか」も。
『ワンドゥギ』の愛らしいト・ワンドゥク、『ベテラン』の横暴な財閥御曹司チョ・テオを経て、『王の運命-歴史を変えた八日間-』の悲劇的な思悼(サド)世子、『バーニング劇場版』のさまよう青春イ・ジョンス、最近の『声もなく』の善悪が不明瞭な人物テインまで。
父に対する愛情欠乏のなかで精神分裂を経験する『王の運命』の思悼世子は、これまで何度も繰り返し表現されてきた既存の人物とは次元を異にし、『バーニング』では劣等感が内在した小説家志望生を演じて、パク・チャンウク監督の抽象的な世界に観客を積極的に案内した。
やはり陳腐な表現だが、彼を“再発見”した作品は『声もなく』だ。話すことができないうえに、険悪な人相、半分ほど閉じられた目、ゴリラのように歩く彼は、まるで一匹の動物を見るように本能的で奇妙だったが、声もなく観客を一本の残酷な世界へと没入させた。映画が終わった後に頭に浮かぶ「自分は何を見たのか」という考えは、虚脱さではなく美しい余韻だ。
そんなユ・アインが今度は新興宗教の初代議長を演じる。
ヨン・サンホ監督が演出した『地獄が呼んでいる』は、予告なく登場した地獄の使者たちに人々が地獄行きの宣告を受けるようになり、その混乱のなかで復興した宗教団体「新真理会」と事件の実体を明らかにしようとする人々の物語が描かれる。
ユ・アインはこの奇妙で呪われた現象を神の行為と説明する新真理会の議長チョン・ジンス役を引き受けて熱演した。『地獄が呼んでいる』の土台と前提は、やはりユ・アインだ。ユ・アイン自体の神秘さと演技力が合わさって、静かに、だが嵐のようにカリスマ性を発揮する。
これまで多くの映画経験を提供してきたユ・アインは今、私たちに拒否できないK-オカルトへといざなう。俳優以上の芸術家を目撃した印象だ。
(記事提供=OSEN)
■ベールを脱いだユ・アイン主演『地獄が呼んでいる』は『イカゲーム』のブームに続くか
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