名優チェ・ミンシクがキャリア35年目にして初挑戦したサスペンス・スリラー映画『破墓/パミョ』。韓国で観客動員数約1200万人を突破したメガヒット作が、10月18日に日本公開を迎えた。
本作は、跡継ぎが代々謎の病気にかかるという裕福な家族から、ケタ違いの報酬の依頼を受けた風水師、2人の巫堂(ムーダン)、葬儀師の4人が、原因である先祖の墓を掘り起こしたことで恐ろしい秘密に直面するという物語。チェ・ミンシクは土地の吉凶を占う風水師サンドクに扮し、『トッケビ ~君がくれた愛しい日々~』(16)のキム・ゴウンが巫堂(ムーダン)ファリムを、『ザ・グローリー ~輝かしき復讐~』(22)のイ・ドヒョンがファリムの弟子ボンギルを、『コンフィデンシャル/共助』(17)のユ・ヘジンが葬儀師ヨングンを演じている。
チェ・ミンシクと言えば1989年のデビュー以来、30年以上にわたって韓国映画界を牽引している、まさに生ける伝説だ。フィルモグラフィーは2004年にカンヌ国際映画祭のグランプリを獲得した『オールド・ボーイ』(03)をはじめ、『親切なクムジャさん』(05)、『悪魔を見た』(10)、『悪いやつら』(12)など名作がズラリと並ぶ。
韓国で2024年2月に公開された『破墓/パミョ』も、『新感染 ファイナル・エクスプレス』(1157万人、16)、『パラサイト 半地下の家族』(1031万人、19)を超え、韓国では今年最大のヒット作となった。
そのような注目作のプロモーションで来日したチェ・ミンシクに直撃したインタビュー。キャリア35年目にして初のオカルトジャンル作品に出演した理由について尋ねると、チェ・ミンシクは「本来、怖いものは苦手なのですが」と切り出しながら、こう語り始めた。
「出演の決め手になったのはチャン・ジェヒョン監督です。監督の過去作『サバハ』(19)、『プリースト 悪魔を葬る者』(15)の映画的な完成度が高く、とても良かったです。魂や宗教といった非現実的なもの、現実ではなかなか見られないような形而上学的なものを、うまくドラマに仕上げて観客を説得している。そのような能力、実力がある監督だと思っていました」
つまり、チャン・ジェヒョン監督との作業に強く惹かれて『破墓/パミョ』を選んだわけだが、それは名優チェ・ミンシクが大切にする作品選びの決め手でもあるという。
「作品を選ぶ時、最も大事な優先順位としては、やはり監督の存在ですね。“映画は監督の芸術”と言います。俳優の演技がいくら上手くても、やはり監督がうまく撮ってくれなければ作品はダメになってしまいます。韓国では“船が山に行く”という言い方をするのですが、本来は海に浮かぶべき船が山に行ってしまうというのは、誤った方向に進んでしまうということです。やはり監督が良くなければ、その映画も“山に行ってしまう”と思うのです。それほど、監督の存在は本当に大切なのです」
ならば、そのチャン・ジェヒョン監督のもとでチェ・ミンシクは自身初となるオカルト作品での役作りを、どのように行ったのだろうか。演じたサンドクは風水師という特異な職業ではあるものの、ビジュアルには特徴がないため、視覚的に違いを見せることは難しい。それでも映画を見る観客たちに風水師であることを認識させるために、こんなことを意識したという。
「視線、視点ですね。あとは山で匂いを嗅いだりしました。山の空気を、山そのものを、パワーを感じるというところが大事だと思いました。行動を意識するのではなく、山に行った時にレーダーを昆虫の触覚のように働かせて、自然を感じるということが大切だと思って演じていました。おでこに風水師と書くわけにもいかないので。平凡に見えますが、自然と向き合う時、自然を感じる時には真剣で、深みがあるというところを表現したいと思いました」
演じる役柄にリアリティをもたせるために、さまざまな細部にこだわった工夫。風水師として土地の良し悪しを見極めるための、土を舐めるシーンについても、名優ならではの意図があったという。
「あのシーンはサンドクの専門性を強調しています。でも実際の風水師はあまりやらないそうです。ただ、土の味を見る人も一部いるという話を聞いたので取り入れました。良質な土地であれば舐めたときに芳しい、味噌のような匂いと味がするそうなのですが、悪い土地は、むかむかするような味になっているそうです」
ちなみに、劇中で舐めていたのはチョコチップクッキーを砕いた物とのこと。美術チームが、あまりにも精巧な“チョコチップクッキー土”を作ってしまったため、実際の土と馴染んで見間違えそうになったという。
そんなユニークなエピソードも交えながら、取材現場の雰囲気を和ませたチェ・ミンシク。その貫禄と人柄の良さを感じさせたが、気になるのは名優が描いている「今後」だ。
日本では2000年公開の『シュリ』でその名が知られるようになったチェ・ミンシクも、気がつけば今年で62歳。『オールド・ボーイ』『悪いやつら』といったノワール作品はもちろん、前作『不思議の国の数学者』(22)では自由を求めて脱北した天才数学者、『破墓/パミョ』では風水師と、さまざまな役柄にチャレンジしてきたが、キャリアと名声を重ねてもその挑戦を続けていくのだろうか。名優は間髪入れずにこう答えた。
「俳優という職業なので、様々なキャラクターに出会いたいと思っていますし、全てが勉強だと思っています。生きている間に全ての世界の人を知ることはできないと思いますが、それに反比例するように知りたいという欲求はどんどん大きくなり、多くの作品に出たいという思いも強くなっています。だからジャンルは問わないですね。コメディでもオカルトスリラーでもラブストーリーでも。ラブストーリーであれば、今の年齢に合ったラブストーリーをやってみたいなと思います。人によって愛の定義は違います。男女間もあれば、友人同士、親子愛もありますよね。世代ごとの愛についても考えてみたいですし、とにかく、表現したいものが多すぎて、もう、居ても立っても居られないような、そんな気持ちです。でも、そのような欲求と反比例するように、年齢も重ねてついていけないというのが残念ですね」
また、35年というキャリアでも変わらないことがあるという。それは、俳優という職業に対する“愛”だった。
「この仕事を愛しているからと自信を持って言えますね。食べていくために他の仕事をしたことは1度もなく、義務だと思ったことも全くありません。その点においては自負心を持っています。あくまでも作品を作りたいし、好きなことをしたいと思ってこの仕事をしてきたのです。でも、私は変わることが嫌なので、もしもこの先、自分が変わって習慣で仕事をしていると気づいたら、勇気を持って辞めると思います。なぜかというと、高校生の頃からやりたいと思ってやってきた仕事なので、これまで捧げてきた青春を捨てるような気がするので。食べるために、好きでもないのにこの仕事をしているということになったら、自分のことが嫌いになると思いますね」
そんなチェ・ミンシクは今回、『春が来れば』(04、日本では06年公開)以来、18年ぶりにプロモーションで来日し、観客に直接挨拶した。インタビューの最後には、10日に行われたジャパンプレミアイベントを思い出しながら、日本の映画ファンたちに感謝のメッセージを寄せることも忘れなかった。
「とてもワクワクしています。ジャパンプレミアでは上映の前後に舞台挨拶をしたのですが、観客にお会いする時が一番興奮しますね。これほど興奮したり、幸せを感じたりすることはありません。たとえ映画が酷評されたとしても、作品を通して観客の皆さんと触れ合えていますし。『破墓/パミョ』という映画の最後の仕上げが観客の皆さんと会うことだったので、本当に嬉しかったです」
終始和やかな雰囲気のなかで行われた今回のインタビュー。チェ・ミンシクの演技への飽くなき情熱はもちろんのこと、彼のジョークに思わず笑ってしまうマネージャーやスタッフの姿も強く印象に残った。
短い時間ではあったものの、語り口や気さくな人柄から、第一線で長く活躍し続けられる理由の一端を見たような気がした。
『破墓/パミョ』は新宿ピカデリーほかにて全国公開中。
(取材・文=高 潤哲/ピッチコミュニケーションズ)
配給:KADOKAWA、KADOKAWA Kプラス
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