「日本よりもウクライナとの16強戦を望んだ」U-20W杯の知られざるエピソード

2019年06月20日 サッカー #U-20W杯

2016年にこの世を去った故イ・グァンジョン監督だった。

イ監督は、2001年に韓国サッカー協会ユース専任指導者1期として、2009年と2011年、2013年と3度の世代別ワールドカップの指揮を取り、8強2回、16強1回の成果を成し遂げた。2014年の仁川アジア大会では、韓国を28年ぶりの金メダルに導いた。チョン監督は“ロールモデル”であるイ監督のもとで、U-17韓国代表のコーチ生活を過ごした。

イ監督の別名は「サッカー界の李舜臣(イ・スンシン)」だった。10回を超える日韓戦で、一度も負けていないからだ。仁川アジア大会の8強戦でも日本を下し、優勝への弾みをつけた。

チョン監督は、「日本はグァンジョン先輩によって、世代別ワールドカップにほとんど出場できなかった。韓国にいつも敗れたからだ。ユース専任指導者たちの間では“日本戦ではグァンジョン先輩をベンチに座らせておけばいい”という冗談まで出ていた」と話す。

彼は続けて「日本戦の前日、“グァンジョン先輩、私たちのチームの星になって守ってください”と祈りにもならない、祈りをした。それが通じたのかもしれない。日本のシュートがゴールを逸れていった。日本に勝った直後のインタビューでは、とてもその話はできなかったよ」と、一足遅れた告白をした。

イ・ガンインに「三顧の礼」発言、たくさん怒られた

イ・ガンインの合流は、U-20韓国代表が世界の舞台で大活躍する起爆剤となった。去る3月にA代表に抜擢されたイ・ガンインが、2つも下のU-20ワールドカップに出場すると考えた人は少なかった。

U-20ワールドカップは、選出義務のある大会でもないため、所属チームであるバレンシアが協力する義務もなかった。そんなイ・ガンインがやってきた。しかも大会開幕1カ月前に帰国し、国内トレーニングと練習試合、ポーランドでの練習をすべて消化して大会に臨んだ。

イ・ガンインはU-20ワールドカップで2ゴール・4アシストを記録し、リオネル・メッシ以来14年ぶりとなる18歳のゴールデンボール(大会MVP)を受賞する偉業を成し遂げた。

【検証】“韓国サッカーの新星”イ・ガンインを「数字」と「データ」で分析…その才能とは?

イ・ガンインの選出にも裏話がある。

(写真提供=韓国サッカー協会)チョン・ジョンヨン監督とイ・ガンイン

チョン監督は3月、「イ・ガンインが来ることができるのであれば、バレンシアに礼を3回してでも連れてくる」と、公開的に発言した。その発言は少なくないイシューとなり、チョン監督は叱られたという。「そんなことを言ってイ・ガンインが来なかったらどうするのか」という指摘だった。発言があまりにも先走っているという意味だ。

チョン監督はイ・ガンインが大会で大活躍を見せると、「私はイ・ガンインが来ると信じていた。私が切実に求めたし、イ・ガンインも切実だったからだ」と話した。そして「イ・ガンインがきっちり合流して活躍したから、なんの声も出てこないね」と、にっこり笑った。

「欲を捨てて心を楽にしたらできた」…13年間の無名時代

韓国サッカー協会の技術委員長を2度も務めた世宗大学イ・ヨンス教授は「チョン監督がこんなに活躍して、本当にうれしい。チョン監督が苦労を話すこともできなくさせた」と喜んだ。

2006年、韓国サッカー協会ユース専任指導者として、この世界に足を踏み入れたチョン監督は13年間、無名時代を過ごした。世代別代表チームで2度、途中で交代する屈辱を味わった。2014年には世代別大会でアジア予選を通過したが、本大会に先立って退く痛みまで経験した。

専任指導者から離れて、プロに行ったこともあった。彼の能力を知っているサッカー関係者が推薦したことでユース指導に復帰することができ、再び若い選手たちと呼吸を合わせることになった。

チョン監督は「自分の欲を捨てたら、望んでいたことがやってきた」と話す。自分の席を渡して1カ月間も思い悩んでいたとき、彼の妻が言ってくれた「心を楽にしなさい」という言葉が大きな慰めと教訓になった。

チョン監督は「私が望んだからといって、できることではなかった。自分の席で、自分に与えられたことしていれば、いつか良いことがやってくるのではと考え、準備だけはしっかりやった」と述べる。チョン監督が言う「生きていればこんな日も来ますね」は、隠れた原動力だった。

このチームともう一度?「いいえ」

チョン監督は6月17日、ソウル広場で開かれた歓迎式で「アジア選手権とU-20ワールドカップで準優勝した。3年後、アジア大会では金メダルを取って胴上げされたい」という意思を示した。しかし帰国前、『スポーツソウル』とコミュニケーションした際には、U-20代表チームを2年間任され、育て上げたことの疲労感や虚脱感も表わした。

「このチームで結果を残したのだから、まだ続けるのでしょう?」という質問に、チョン監督は「いいえ」ときっぱり言った後、「とても大変だった。偏頭痛も激しかったし、片方の耳も聞こえない」と打ち明けた。選手たちはかわいいが、何か指導者人生の転換期を作りたいというニュアンスに聞こえた。

サッカー界では「苦労した分だけ、チョン監督に対する待遇が確実に変わらなければならない」という主張も出ている。“指導者チョン・ジョンヨン”の人生の第2幕はどうなるのか。チョン監督は新たな道を探している。

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