『オクニョ 運命の女(ひと)』を見ていて強烈だったのが、文定王后の悪女ぶりだった。それは、史実でも変わらなかった。なぜ、これほどの悪女が王妃になり、最終的に大妃(王の母)になれたのだろうか。
この文定王后は、11代王・中宗(チュンジョン)の三番目の正室であった。
中宗は、9代王・成宗(ソンジョン)の二男であり、本来なら王になれる可能性はなかった。兄の燕山君(ヨンサングン)が10代王として即位していたからである。
しかし、史上最悪の暴君と呼ばれた燕山君は、1506年にクーデターによって廃位となってしまった。その結果、燕山君の異母弟であった中宗が11代王として即位した。
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しかし、中宗は、クーデターを成功させた官僚たちにまったく頭が上がらなかった。
中宗の正室は端敬(タンギョン)王后で、2人は大変仲のいい夫婦だったのだが、官僚たちは、即位したばかりの中宗に離婚を迫った。なぜならば、端敬王后は燕山君の妻の姪であり、父親も燕山君の側近だったからだ。
つまり、クーデターを成功させた官僚たちは、端敬王后があまりにも燕山君の関係者に近すぎたために、後に利用されて燕山君派の巻き返しに遭うのを恐れたのである。
中宗は王なのだから、いくら官僚たちからいわれても「それは絶対にできぬ」と拒めばいいのだが、意気地がなかった中宗はそれができずに言いなりになって妻を離縁した。
そんな彼が再婚した相手が、章敬(チャンギョン)王后だった。