本日(8月30日)より日本で公開される映画『ボストン1947』。本作は1947年に開催されたボストンマラソンを舞台に、“祖国”への想いを胸にレースに臨むマラソン選手たちの挑戦を描いた実話に基づくヒューマンエンターテインメント作品だ。
1936年ベルリン五輪のマラソン競技に日本代表として出場し、世界新記録を樹立し金メダルに輝いたソン・ギジョン(演者ハ・ジョンウ)。ただ、表彰式で胸元の日本国旗を月桂樹の鉢植えで隠したことが問題視され、選手引退を強いられてしまう。
時は移り、1946年。祖国が日本から解放された後、自堕落な生活を送っていたソン・ギジョンに、同じベルリン五輪で銅メダルを獲得したナム・スンニョン(演者ペ・ソンウ)が“第2のソン・ギジョン”と期待されるソ・ユンボク(演者イム・シワン)を翌1947年のボストンマラソンに出場させようと持ち掛ける。さまざまな問題を乗り越えた3人は1947年、“祖国の記録”を取り戻すべくボストンへ。しかし、そこではさらなる難題が彼らを待ち受けていた。
今作を手掛けたのは、これまで『シュリ』や『ブラザーフッド』など、壮大なスケールで重厚感のあるヒューマンドラマを描いてきたカン・ジェギュ監督。
韓国映画としては2015年公開の『チャンス商会 ~初恋を探して~』以来の新作となったわけだが、今回、“マラソン”をテーマとした作品を制作した経緯を、日本でインタビューに応じたカン監督はこう話してくれた。
「私自身、以前からマラソン映画への関心が高く、実際に手掛けてみたいと思っていました。また、ソン・ギジョン先生に関する映画を制作してみたいという思いもあったのですが、そこで後輩のプロデューサーから『ボストン1947』のシナリオの提案を受け、今作を制作することになったのです」
「42.195km」という長い距離を走るマラソン。先日行われたパリ五輪では、男子で赤﨑暁、女子で鈴木優花と日本人選手が強豪アフリカ勢に食らいつき、ともに6位入賞と大健闘したのが記憶に新しい。そんなマラソンという競技の魅力を、カン監督は“人生”になぞらえて次のように語る。
「マラソンはオリンピックでも花形種目と言いますが、選手がスタートラインで一歩目を踏み出し、フィニッシュラインに到着するまでの42.195kmという距離が、人生の旅程と非常に似ていると思います。レースを走り切るためにどれだけ多くの考えをめぐらせ、汗を流し、自分自身と“死闘”を繰り広げているのか。観客も一人ひとり自分の人生をある選手に投影させ、2時間を超えるレースを応援し、楽しんでいると思います。『ボストン1947』でも、(作中の)レースを通じて観客の皆さんにさまざまな感情を抱いてほしいという願いを込めて、マラソンシーンを演出しました」
ただ、そのマラソンシーンの撮影には困難もあったという。「マラソンは一人で走る競技なので、ある意味では相対的に単調さを感じてしまうかもしれません。なので、どうすれば作中のマラソンシーンをより興味深く見てもらえるかは大きく悩みました」とカン監督は明かす。
「マラソン映画だからこそ、マラソンシーンがいかに“マラソンらしく”表現されるかが重要だと考えました。競技のリアリティが画面の中でどれだけ正確に映し出され、滲み出るか。その悩みと心配が最も大きかったですし、撮影において懸念となる要素が何かを考え、それをなくすために多くの努力をしました。特に、ボストンのシーンは大部分をオーストラリアで撮りましたが、限られた時間内でマラソンシーンの撮影をしなければならなかったので、そこに対する負担も大きかったです」
そのような苦労や困難も乗り越えて完成した『ボストン1947』では、主人公ソン・ギジョンとソ・ユンボクの関係性も見どころの一つ。マラソンランナーとして際立った才能を見せていたソ・ユンボクに、「最後まで走れる力は謙虚さだ」とソン・ギジョンが叱りつける場面がある。当初は衝突することもあった2人だが、ともにボストンマラソンを目指す過程で、“師匠と弟子”を超えて本物の“父と子”のような関係性を見せていく。
「例えば、今の10~20代の若い世代は、私たちのような既存世代との時代的な情緒や世代の違いなどをハッキリ感じながら生きています。では、あの当時の若者もそのようなことを感じていたのか。もちろん、現代よりも強くはないかもしれませんが、それでも若い観客の方々にとっては、誰かに自分を投影するとなれば、それはソ・ユンボクになるのではないか。また、ソン・ギジョン先生に対しては、いわゆる“父親”のような感覚を受けるのではないかと思います。そこで、若い観客の方々がよりこの映画に親しみを持つためにも、ソ・ユンボクとソン・ギジョン先生の関係性を、今私たちが生きながら感じる世代間の葛藤になぞらえて表現しようと考えたのです」
ソ・ユンボク役のイム・シワンは撮影のため3カ月間トレーニングに励み、体脂肪を6%まで落としたという。そんな彼を筆頭に、マラソンシーンで見せる選手たちのランニングフォームや表情、息遣いには、思わず引き込まれるようなリアリティさが感じられる。
「専門的にランニングをされる方々であれば、映画を観てより特別な感覚を受けると思います」と伝えたカン監督は最後、日本の長距離選手やマラソンランナーに向けて次のようなメッセージを届けた。
「例えば、私は映画を作る人間ですが、チャップリンやヒッチコックなど映画人の人生を描いた映画を観た際には、ほかの人よりも共感して理解する部分が多いと思います。だからこそ、マラソンランナーのような方々こそ、『ボストン1947』という映画をより深く理解して、より深く感じながら観ることができるのではないでしょうか。映画を観るマラソンランナーの方々も、言い換えれば一人の観客です。なので、はたして自分がその時代を生きていたら、その時代のマラソンランナーだったらどうしただろうか。そのような思いを投影させてみると、映画をより楽しく観ることができると思います」
『ボストン1947』は新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開中。
(取材・文=姜 亨起/ピッチコミュニケーションズ)
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