「朴セリが米国女子ツアーで成功できたのは…」サムスン会長の死去受け関係者が逸話明かす

2020年10月27日 ゴルフ #サムスン #朴セリ
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「朴セリの米国女子ツアーでの成功は、イ・ゴンヒ会長の後援があってこそのことだ。これにはビハインドストーリーがある」

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これまで、サムスン証券テニスチームの監督や韓国テニス協会会長を歴任したチュ・ウォンホン氏はこう語った。

チュ氏は10月26日、本紙『スポーツソウル』との電話インタビューで次のように語った。

「前日亡くなられたサムスングループのイ・ゴンヒ会長が、これまで韓国スポーツの発展に多く寄与したことをマスコミが報じている。しかし、会長がテニスとゴルフの発展に特に注力したことを見逃しているようだ」

「会長は。他の財閥が(成功の)可能性がないとみて支援しなかったゴルフとテニスにも、1990年代当時から多くの関心を持って投資された」

故イ・ゴンヒ会長

こう語ったチュ氏は、はじめに故イ・ゴンヒ会長が韓国テニス界に行った支援について明かした。

チュ氏は「1992年の8月か9月か、サムスングループがサムスン物産テニスチーム(以降のサムスン証券テニスチーム)創設記者会見を行った際、監督である私と有望株選手だったパク・ソンヒが出席した」とすると、「会長は1年3億ウォン(約3000万円)の支援を10年間してくれることにした。パク・ソンヒはその後、女子プロテニス世界ランキングで100位以内に入り、グランドスラムの全豪オープンに進出して新聞でも大きく報じられた」と振り返った。

「朴セリの成功ストーリーは…」

続けてチュ氏は「“テニスで世界の舞台に通じるなら、ゴルフでも一回してみよう”という話になった」と、故イ・ゴンヒ会長のゴルフへの投資についても語った。

チュ氏は「朴セリが高校3年のとき、彼女の父(パク・ジュンチョル氏)も同席してサムスンスポーツチームの監督とともにする場が設けられ、その後、後援の約束も結ばれた」とし、「私と同じサムスン物産総務チーム所属だった朴セリは、1998年の米国女子ツアー“全米女子プロゴルフ選手権”優勝で日の目を見るようになった」と述べた。

朴セリ

また、「朴セリの成績が芳しくなかったときには、サムスンが彼女をサムスン物産からアストラチームに送り、後援も中断するところだった」という逸話も話した。

チュ氏は「朴セリやパク・ソンヒの成功ストーリーは、イ・ゴンヒ会長がスポーツで収めた貴重な成果の一つだ」とし、「当時、他の財閥は世界的な挑戦でも後援を行わなかった。イ・ゴンヒ会長はダメだと言われていた半導体に挑戦するのと同様に、テニスとゴルフに挑戦して成功を果たされた方だ」と、両スポーツに対するイ・ゴンヒ会長の並々ならぬ情熱を説明した。

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