今から1年余り前の2020年10月15日、BTSの所属事務所Big Hitエンターテインメント(当時)が上場した。
Big Hitエンタの株価の始値はKOSPI(韓国総合株価指数)上場初日、公募価格(13万5000ウォン=約1万3500円)の2倍の27万ウォン(約2万7000円)をつけた。そして午前9時には、すぐに上限価格(30%上昇)の35万1000ウォン(約3万5100円)に跳ね上がった。その後は落ち着き、始値の4.4%減、25万8000ウォン(約2万5800円)で取引を終えた。
しかし翌日の10月16日には株価は22.29%も下落した20万5000ウォン(約2万500円)に、10月21日にはさらに下がった17万9000ウォン(1万7900円)となった。そして10月30日、ついには14万2000ウォン(約1万4200円)にまで落ち込んだ。
その暴落ともいえる現象に日本メディアも注目し、「“BTS株”に人生を賭けた韓国の若者たちは一夜にして奈落へ堕ちた」(『現代ビジネス』)、「最強K-POPグループ“BTS”所属会社が上場で信用を失った理由」(『ダイヤモンドオンライン』)といった見出しも飛んだ。当時の騒動が記憶に新しい読者も多いだろう。
華やかな上場、その直後の暴落で話題になった“BTS株”は、現在どうなっているのか。結論からいえば、HYBE(旧Big Hitエンタ)の株価は現在、35万6500ウォン(約3万5650円、11月4日)まで上がっている。
昨年10月30日に記録した最安値(14万2000ウォン)から、1年で2倍以上に上昇したことになる。
それにしても1年も経たずにHYBEが再評価されたのは、なぜか。まずその背景には他でもなく、同社の看板アーティストBTSの活躍がある。
HYBEの株価は今年6月18日に終値で31万3000ウォン(約3万1300円)を記録し、上場以来、終値基準で初めて30万ウォンを超えたのだが、それは周知の通り、今年5月に発表されたBTSの『Butter』が米ビルボード「HOT100」チャートで7週連続1位という歴史的な快挙を達成したことと無関係ではないだろう。
韓国メディアは「HYBE、“BTS効果”で終値初30万ウォン突破」(『聯合ニュース』)と報じ、アメリカの『ブルームバーグ』は「歴史上、最も多く売れたK-POPアルバムを持つBTSの人気に対する証拠」と評価した。
最近もBTSが12月に有観客コンサートを行うことを発表すると、その期待感から10月20日には33万8000ウォン(約3万3800円)と過去最高値(当時)を記録。BTSが活躍すればするほど、株価が上昇していることがわかる。
この間、上場当時3.62%だった外国人投資家の持ち株比率が11.38%まで上がったことも、BTSが世界中から支持を集めていることを端的に表しているかもしれない。
ただBTSの活躍だけが、HYBEの株価上昇の原因のすべてではない。そのもう一つの原動力を「Weverse(ウィバース)」にあると見る専門家も少なくない。実際にHYBEを「2020年世界で最も革新的な50社」の4位に選んだアメリカ経済専門メディア『Fast Company』も、その主な理由としてWeverseを挙げていた。
Weverseとは、2019年にローンチされたファンコミュニティプラットフォームのこと。ツイッターやインスタグラム、YouTubeといったSNSと、ファンクラブが合体したようなプラットフォームで、世界中のファンとアーティストがコミュニケーションする場となっており、ここでグッズの販売なども行われている。K-POP界の“ワンストップサービス”とでもいえるだろう。
ローンチ初年度こそ31億ウォン(約3億1000万円)の営業損失を記録したが、それから1年が過ぎた2020年には取引価格3282億ウォン(約328億2000万円)、売り上げ額2191億ウォン(約219億1000万円)、営業利益156億ウォン(約15億6000万円)を記録し、早々と黒字に転換している。
そのWeverseと関連する動きが2021年に入って激しい。
HYBEの動きを振り返ってみると、1月にYGプラスに700億ウォン(約70億円)を投資し、YGエンターテインメントに所属する芸能人をWeverseに引き入れた。5月には韓国最大手IT企業NAVERが「V LIVE」事業をHYBEの子会社Weverseカンパニーに譲渡し、それと同時にNAVERはWeverseカンパニーの株式の49%を取得している。
そんなWeverseにはBTSなどHYBE所属アーティストだけでなく、上述したYGエンターテインメントのBLACKPINKらのコミュニティもある。またHYBEは今年4月にジャスティン・ビーバーやアリアナ・グランデらが所属するIthaca Holdingsも買収しているため、彼らも来年中にはWeverseに合流する予定だ。
この動きについて専門家は、「この動きを見るとHYBEはWeverseを、K-POPを超えて世界的なファンプラットフォームに跳躍させる青写真を描いている」と分析した。
HYBEの第2四半期の成績(売り上げ2786億ウォン=約278億6000万円、前四半期比56%増)を見ても、Weverseの成長を感じることができる。第2四半期、Weverseの平均月間アクティブユーザー数(MAU)は約530万人で、前四半期に比べて9%増、有料ユーザー1人当たりの月間平均決済額(ARPPU)は同50%以上も増加したという。
さらにWeverseは、MAUが3000万人に達するV LIVEとの統合が秒読みだ。韓国投資証券はこの統合でWeverse のMAU は「来年中に4500万人になる」と見ており、CAPE投資証券も「V LIVEとの合併はプラットフォームとしての影響力を強化させる。Weverseの売上額は今年3000億ウォンから2023年7000億ウォンに成長可能だ」と見通した。
もはやHYBEはBTSだけの企業ではない。所属アーティストにはSEVENTEEN、TOMORROW X TOGETHER、ENHYPENなど人気グループがおり、Weverseによって強力なプラットフォーマーにもなった。その信頼感が株価にも反映されたといえるだろう。
いずれにしても上場直後に暴落したことで、そもそもの公募価格が水増しだったなどと批判を浴びた“BTS株”は、丸1年で見事なV字回復を果たした。このまま株価が堅調に上昇していくか注目だ。
(文=呉 承鎬)
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